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「まずは直感的に『漆っていいね』と感じてもらえればいい」
日々漆づくりに向き合う堤 卓也さんは、明治期から続く漆精製業者の4代目。自身が携わる工芸の魅力を次の時代に継承するべく、サーフィンやスノーボードを通して培われた豊かな知見と感性を活かして楽しく学べる持続可能な試みを続けている。
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堤さんは工芸素材である漆のスペシャリスト。その仕事は、漆を育てて樹液を掻き集める漆掻き(うるしかき)職人と漆製品を塗る塗師(ぬし)の間に立ち、漆の塗料をつくることだ。
「漆を精製して、調合する作業です。漆は自然物なので、育った木の環境や採れた時期によって質が違うし、漆掻き職人の木への傷の入れ方で性能が変わってくる。出てきた樹液は艶も硬さも違うんです。その樹液の特徴を見極めて、それぞれに合った精製方法で長所を生かす。乾きが早い樹液だったら、硬化速度の速いものをつくる。透けている樹液は透け感に特化したものをつくる。その漆が持つ特徴を伸ばすような精製方法を心がけています」
正直なところ、現代の僕らの生活になじみの薄い漆。百貨店でガラスケースに入っている高価な美術工芸品としてのイメージが大きく、手が届きづらい印象だ。対して、合成樹脂で塗られた「漆器風」のプラスチック製食器などは日々見かけることが多い。
「実際に漆の使用量はすごく減っています。僕が生まれた’70年代後半は日本で500トンくらい使われていたのが、今は30トンくらい。そして漆掻き職人の多くは70代や80代と高齢化が進んでいるのが現状なんです。漆って日本の産業のように思われれているけれど、95パーセントくらいが中国産。日本産は1.8トンしかないんですよ。その7割ぐらいをうちが仕入れて精製してるんです。こんな小さな漆屋ができる量しかないんですよね。そういう状況にずっと直面して、なんとかしたいとあがいていたら、なおさら漆が好きになっていって……」
漆は10~15年かけて木を育て上げれば樹液が採れる、循環可能な自然素材。日本では一万年以上前から暮らしのそばにあった便利な植物で、防水や防錆、接着のために利用されてきた。また何度でも塗り重ねることができることも漆の特徴だ。その度に塗られたものは新たな艶をまとうため、手入れをすれば代を超えて末長く使える。そんな漆の魅力をより多くの人たちに伝えたい。そこで堤さんは思いついた。
「漆をスケートボードや自転車に塗ったんです。漆をよく知らないけれど僕の感性と同じような人たちが好きなものに漆を塗ったら、その価値が変わるかなと思って。まずは直感的に『漆っていいね』と感じてもらえればいい。その先で『漆は循環可能な有用植物で、すごく人にも地球にもやさしいんだよ』ということが伝えられたらいいなと」
そうした堤さんの思いつきは、世界的ウッドサーフボード・シェイパー、トム・ウェグナーがつくるアライアとの共演にたどり着く。活動はプロデューサーのSHIN&CO.青木真とともに仕掛ける「BEYONDTRADITION」というプロジェクトに進化し、徐々にうねりは大きくなっていった。堤さんは一般社団法人パースペクティブを立ち上げ、さらに歩みを進める。
「『工藝の森』という概念なんですが、京北という京都の街から1時間くらいの山あいの町で漆を植えはじめました。漆のほかにも工芸素材となるいろんな木を植えています。トムさんがつくるアライアの素材の桐もあります。漆と同じく、桐も15年くらいで大きくなるんですよ。だから15年後にはこどもたちに漆塗りのアライアを贈れるかなと思って。そんなふうに未来まで想像する遊びのモデルになることを目指して、森を育てているんです」
ものづくりの起点が自然にあることに着目し、人と自然の健やかな関係性があらためて構築されることを目指す工藝の森。その活動には、土地で採れるもので遊び道具をつくる、そして山、海、街の文化交流を深めるというテーマがある。
「将来的にはその山の素材でウッドボードをつくったり、草刈りのときにシルクスクリーンのTシャツを刷ったり、店を出したりと、海でよくあるようなイベントもやっていきたい。そこにトムさんや(石川)拳大のようなプロサーファーが来てくれたりすると、こどもたちにとってすごく刺激になるんですよ。大人の僕らはサーフボードというツールを使って世界中の人たちと遊んでるじゃないですか。こどもたちがそんな遊び方と人のつながり方を『おもしろい』と思ってくれたときに、『使うツールは自分の手で、地元の天然素材でつくる』という価値観があたりまえになっていったらすごくいいような気がしていて」
堤さんが思い描くのは、人と人とが自然を介して心地よくつながり、おのずと工芸が受け継がれていく世界だ。
「そういう循環ができると、工芸は世の中にとって美術品としての価値だけじゃなくなる。伝統工芸の技術を残すことももちろん大事ですが、その技を残すためには素材が必要。そうなったときに、素材を育ててくれている農業や林業をしている人たちがハッピーに暮らしていなくてはいけない。過疎が進んでしまっているような、自然が美しい地域が元気じゃなきゃいけない。そこに若い子たちが来なきゃいけない。そのきっかけがサーフィンや工芸だったら、僕らのやりがいやおもしろさにもつながる。そうやって循環するものづくりの楽しさや、できたものに愛着を持つ気持ちを伝えたいんです」
(Blue.93「Handcrufts. 人の手は偉大だ」より抜粋)
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photo◎Ryo Shimizu text◎Jun Takahashi
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