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人生を大きく動かした、僕らのターニングポイント/ 花井祐介

人生を大きく動かした、僕らのターニングポイント/ 花井祐介

独特のユーモアたっぷりの作品が世界中で人気を呼んでいる花井祐介さん。大きな変化を求めずに、人との出会いを大事にしながら現在地にたどり着いたという。自身の人生に影響を与えた人たちとのエピソードを交えて、これまでの歩みを聞いた。

下絵を描く花井さん。「おもしろいなと思った人を描いてる。まわりにおもしろい人がいっぱいいるから。あとは本当に普通のこと」

逗子にあるアトリエ。’50~’60年代 のカウンターカルチャーの影響を色濃く受けた花井さんの趣味があちこちに散りばめられている空間

とんでもなく自由な人たちに
いっぱい出会えた

「バシッとここで人生が変わったというのはなくて……。人のつながりなんだよな、いつも。義理人情。そう言うと少しはずかしいけれど、本当にすべてそれなんですよね」

 サーフィンの枠を飛び越え、今や世界中に多くのファンを持つアーティストの花井祐介さんは、人との出会いを大切にしながら少しずつ歩みを進めてきたという。若かりし花井さんをサーフィンの世界に導き、やがてアーティストになるきっかけを与えた人がいる。現在、逗子の海沿いにあるレストラン&バー「サーファーズ」のオーナーを務める成瀬一郎(ナル)さんだ。

「高校生のころ、当時ナルさんが店長だったカフェで幼なじみがアルバイトをしていて、そこに友だちとみんなでたまってました。ナルさんのフォルクスワーゲンのタイプIIIバリアントに友だちと一緒に乗せられて、台風の日の葉山に連れていってもらったのが最初のサーフィンです」

友だちと茨城・鹿島にて。細身のスラスターが時代を感じさせる

 ひとまわり以上も年が違う先輩にかわいがられ、サーフィンやアメリカン・カルチャーの魅力にハマりだした花井さん。数年後、成瀬さんが自分のレストラン&バー「ザ・ロード・アンド・ザ・スカイ(ロースカ)」を出すということで、仲間とともに手伝うことに。みんなで穴掘りから始めて、1年半ほどかけてお店を手作りした。

「そのときに『いちばん絵が上手いのは誰だ』って話になって『花井やれよ』って言われて。いきなり横3mくらいのでかい看板を描いたんです。それからロースカのメニューやフライヤーのデザインをやってるうちにおもしろくなっちゃって。学校を卒業してからも店でアルバイトをさせてもらいながら準備して、サンフランシスコのアートカレッジに入りました」

ロースカの創立メンバー。左が若かりしころの花井さん。右から二人目がオーナーの成瀬さん

 21歳の花井さんは単身アメリカへ。しかしお金が続かず、卒業を断念。帰国後、ペンキ屋などでアルバイトをしながら暮らしていたところに、またしても成瀬さんの鶴の一声が飛んでくる。結果的にそれが大きな転機となった。

「ナルさんのいつもの無茶振りで『ロースカがグリーンルーム・フェスティバルに出店するから看板描け!』って。そう言われて描いたら、会場でアンディ・デイビス、ジェフ・カンハム、ウォルフガング・ブロック、あとラグナビーチにあるザ・サーフギャラリーのウィルたちが『絵は飾ってないのか』と声をかけてきたんです。『いや、看板を描いてるだけだから』って話したら『お前の絵、おもしろいから交換しよう』ってアンディとジェフに言われて、おたがいの絵を交換したんです。ギャラリーに置きたいから作品を送ってほしいとウィルにも言われて。そうしてカリフォルニアのアーティストたちと仲良くなっていったんですよね」

サーフシーンから巣立ち
アートの世界へ

 その後、サーファーの先輩の誘いを受けて花井さんは会社員になり、5年間ほどアートディレクターの仕事に就いた。その間も創作を続け、アンディたちとの交流のもと「The HAPPENING」というグループショーに出展。やがてフランス、オーストラリア、ブラジル、台湾、イギリス、東京と活躍の場を広げていく。そして独立してからは作品づくりのほかに、挿絵、ブランドのロゴやTシャツのデザイン、アートディレクションなどさまざまな仕事をこなす忙しい日々を送る。精力的に活動していくなかで、サーフィンのイメージが色濃かった花井さんに新たな展開が生まれてきた。

「何かのイベントで『花井祐介さんですよね? 日本にいるんですか? ビームスTって興味ないですか?』と、ビームスの濱田さんという方が話しかけてくれたんです。濱田さんはサーファーで、映画『ビューティフル・ルーザーズ』とかが大好きな人。海外のイベントでしか僕の名前を見ないから、アメリカに住んでるものだと思ってたみたいで(笑)」

 濱田さんは、「The HAPPENING」の参加アーティストとしてバリー・マッギーやトーマス・キャンベルたちと並んで花井さんの名前が入った小さな記事を興味深く見ていたのだとか。創作活動は思いもよらぬ誰かが見てくれているからおもしろい。こうして生まれたビームスとのコラボレーションによってストリートにも「花井祐介」の名前が浸透しはじめた。そんなある日、ニューヨークで開催された「The HAPPENING」で仲良くなったバンド、ザ・マトソン2の双子の兄弟ジャレッドとジョナサンがプロモーションとしてフリーライブをするために日本にやってきた。

「『日本に行くから遊びきてよ!』って連絡があったから遊びにいったんですよ。それでライブ前に双子と3人で飯を食べてぷらぷらしてたら、アメリカ人のカップルがやってきた。双子がその場で彼らをライブに誘ったら、『それを観にきたんだよ』って言うんです。彼の名前はジェシ・ルドゥーといって、サブポップ・レコードでジャケットやポスターを描いてたアーティストでした。ジェシはトーマス・キャンベルと友だちで、トーマスから『マトソン2が東京でライブをやるから行ってみて』って言われたそうです。それで僕も仲良くなった。ジェシの奥さんが建築の勉強をするために日本に何カ月か住んでいたらしく、『日本にいるあいだに展示したいな。ユースケ一緒になんかやろうよ』という話になったので、濱田さんに相談しました」

2011年、グリーンルームでの展示。開催2回目からアーティストとして参加するようになった。花井さんは過去の作品があまり好きじゃないと話す。「いまだったらこうするな、というところが見えちゃって」
2014年、原宿のビームスTで開催されたアートショー。Tシャツなどオリジナルデザインのアイテムとともに作品を展示した。

 ここでも人のつながりから話は転がり、さらに膨らむ。

「『近くにあるカフェに聞いてみようよ。けっこう展示とかしてるから』と、そのカフェのディレクションをしていた志村くんを紹介してくれたんです。僕と同い年で、たまたまサブポップが大好きな人でした。志村くんはジェシがポスターを作ってたアーティストだと知っていて、すぐに『うちでやってよ!』ということになりました」

 花井さんと志村さんは趣味趣向が近かった。サーフィンよりも、どちらかというとスケートやストリートに根ざしたアメリカ西海岸のアンダーグラウンドなアート、いわゆる雑誌『リラックス』の世界観が大好きだったのだ。ジェシとの展示のあともふたりの交流は続き、ほどなくして新たなアイデアが浮かんできた。

「志村くん自身は絵を描くわけじゃないけれどすごくアートが好きで、『好きなアーティストとかイラストレーターを集めてジンを作りたいんだけど一緒にやろうよ』と誘われたんです」

 描き手として集まったメンバーは花井さんのほかに、いまや売れっ子イラストレーターの長場雄さん、ジュン・オソンさん、大西真平さんだった。

「そのころはまだ誰も売れてなくて。『ジンを手売りしよう!』って4~5冊出したかな。何にも金にならない(笑)。でもギャラリーのキュレーターをしている水野さんという方がそのジンを見て『おもしろいね。うちでなんかやらない』って言ってくれて、4人でグループショーをやることになりました。そこらへんからかもしれないですね、アーティストとして完全に仕事ができるようになっていったのは。ラッキーですよね」

国内外の現代美術作家の作品を中心にセレクトし展示、販売している原宿の「ギャラリー・ターゲット」。現在、花井さんの作品を取り扱うギャラリーとの馴れ初めだ。

2008年、原宿オン・サン デーズでライブペイントに飛び入り。左からアンディ・デイビス、ジョシュ・ホール、タイラー・ウォーレン、花井さん、ジェフ・カンハム
レイ・バービー(左)とマトソン2(中央、右)との出会い。2007年、ニューヨーク
左から長場雄さん、志村義隆さん、水野桂一さん、大西真平さん、花井さん。2017年、ギャラリー・ ターゲットで開催された花井さんの個展にて

おもしろいなと思う
普通の人を描いている

「今の仕事は作品づくりがメインですね。作品を描いてギャラリーに持っていく。自分では直接作品を売らずに、ギャラリーが信用できるコレクターさんに売ってくれています。ありがたいです。好きな絵を描けて、それを買ってくれる人がいるなんて。しかもとんでもない金額で……わからないものですよね」

 花井さん自身さえ、とまどうほどのアートの価値。作品の値段は、おもにアートオークションでの人気によって決まってくるのだという。日本で言うならばSBIオークションや原宿オークションなどが有名で、KAWSや村上隆、五木田智央などの作品を扱うそれらのオークションで花井さんのアートも取引されている。

「そうなってくると、もう自分では何が起きているのかわからない。『いつの間にそんなことになってしまったんだろう』みたいな感じです」

 ただただ作品づくりに没頭するのみ。アーティストとしてこの上ない環境に行き着いた花井さん。以前と変化した気持ちはあるのだろうか。

「自分的にはとくに変わったことはないけれど、できない仕事ができてきた。イラストやグッズなどオファーをいただいても断ることが多くなってきています。自分の絵の価値をキープしなくちゃいけないから、なんでもかんでも受けられないんです。でも、もともとつながっている人たちの仕事はやる。楽しいし、その人たちのおかげでここまで来れているから。そこに対して金額を考えないでできるようになったことは嬉しいですね」

ここ数年制作しているメディコム・トイ製のフィギュアは即完売の人気作品だ
2017年に発売した画集『ORDINARY PEOPLE』。たとえそこにサーフィンが描かれていなくても、あらゆる作品にどこかサーファーらしいアウトサイダーの視点が感じられる
花井さんが働いていたロースカでは毎晩のように乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。この時代が花井さんの感性を豊かに育てあげた

 花井さんは絵を描きはじめたころの遊び心と、あたりまえの「ありがとう」を忘れない。そんな花井さんの作品のモチーフは人物が多い。ひと目で花井さんが描いたとわかる彼らの表情、憂いを含んだ独特なユーモアは、あらゆる人の心に優しくていたずらな笑いをもたらしている。

「僕の画集のタイトルは『ORDINARY PEOPLE(普通の人たち)』っていうんです。普通じゃないような人ばっかりを描いてるけど、いろんな人がいるのが普通なんじゃないかなと思って。ありがたいことに、ロースカで働いたりサーフィンをやってきたから、とんでもなく自由な人たちにいっぱい出会えた。ルーザーとかウィアードじゃないけど、そんなちょっとはずれてる人たちも含めてみんな普通の人なんです。僕が描いているのは」

花井祐介。1978年生まれ。日本の美的感覚とアメリカのレトロなイラストレーションを融合した独自のスタイルを持つアーティスト。2006年よりカリフォルニア・ラグナビーチにあるザ・サーフギャラリーにて作品の展示を開始。以来、シニカルでユーモアたっぷりなストーリーを想起させる作風は国境を越えて多くの人たちに支持され、アメリカ、フランス、オーストラリア、ブラジル、台湾、イギリスなどさまざまな国で発表を続けている

(Blue.86「TURNING POINT」より抜粋)

photo◎Taisuke Yokoyama
text ◎Jun Takahashi

BLUE. 101

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