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東田トモヒロ 「風と波の歌」 〜 北海道編 「Sky Walker」 前編 〜

東田トモヒロ 「風と波の歌」 〜 北海道編 「Sky Walker」 前編 〜

“森の静かな音の波”を、全身で浴びる。
それは僕に例えようのない幸福感をもたらした

雪山には、特有の波長というものが存在する。それは海において目視できる“波”のようなものではないのだけれど、その懐に抱かれているだけで感知し得る“静かな音の波”とでも呼ぶべきもの。

そのロングトーンは由緒ある寺院の凛とした空気から感じられるもののようであり、“静寂”というタイトルの無限にループされるサウンドトラックのようでもある。雪山が好きな方ならば、きっとこのことを理解してくれると思う。しかしそれは、ひとたび山から離れて人里や海に近い場所に移動してしまうと、いつの間にか失われてしまうのだ。

アメリカ合衆国はユタ州を本拠地とするブランド、「CARDIFF SNOWCRAFT(カーディフスノークラフト)」のスプリットボードを初めて履いて歩いたのは、長野は栂池スキー場の駐車場脇。森の袂に広がる何もないただの平地だった。柔らかで真っ白な雪にすっぽりと覆われた、のんびりとした田んぼの上だ。カーディフスノークラフトのプロダクトはスプリットボードが主体となっている。山歩き、バックカントリーがブランド展開の前提とされているからスプリットボードのバリエーションの豊富さにおいて他のブランドとは比較にならない。日本の代理店としてこの板を広めている友人のマニ(真庭 佑さん)に手ほどきを受け、僕は見よう見まねでそのラインナップのひとつ「POWGODA」を、そして各種ギアを不慣れな手つきながら扱わせてもらった。

20分ほどその作業に取り組んだのち、なんとかボードの上に立って歩く準備を整えることができた頃には、ウェアの中は汗が滲んで、少し喉は渇いていた。大体において面倒なことが苦手なほうなのだが、僕はスプリットボードを身につける一連の作法を喜んでこなした。特別に作られたビンディングの基盤を板に装着したり、セパレートした板それぞれのボトムに滑り止めのシールを貼ったり、ストックを伸ばしたり畳んでみたり。ギアの一つ一つは洗練されていて、極めてシンプルだ。それらを手にしているうちに、今までのスノーボード体験とは違った“未知なる旅に出かける”、そんな気分が少しずつ隆起してきた。

正直に言えば、これまでのところ僕の中でスノーボーディングは、サーフィンを越えなかった。たとえば日本の一般的なゲレンデを訪れると、だいたいにおいてそこかしこに設置されたスピーカーから、あまり好みではない音楽を聞かされる羽目になるし、何よりリフトという動力機械に下支えされた結果として滑ることが多かったから、贅沢を満喫している感覚がいつも心のどこかに残留してしまう。受け身であることを余儀なくされる場面がいくらかあるので、どことなく落ち着かなかったのかもしれない。スノーボードと向き合ったとき、レジャー的スタンスを脱しない自分が、どこかもどかしかった。

しかし結論から言えば、今回初めて経験したスプリットボードを携えての旅では、それをサーフィンと比べるような無作法なことは一度もしなかったし、むしろ全くと言っていいほど関係のないゾーン(これは自分の胸の内の領域のことですが)で何かが発火し、腹の底、つまりは丹田あたりで見事な炭となって定着することになった。

スプリットボードで雪の上に立ち、まるで雲の上を歩くかのようにゆっくりと歩を進める。そしてノイズの少ない世界で、思うさま山の、そして“森の静かな音の波”を、全身の細胞ひとつひとつで浴びるように感知する。それは僕に例えようのない幸福感をもたらしてくれたのだった。

女満別空港は僕にとって幾たびも訪れたことのある、道東の旅におけるスタート地点だ。カーディフスノークラフトジャパンのマニと一緒に、夕方の便で羽田を飛び立ち、カメラマンのAbechanが待ち受ける女満別で彼のワゴンに乗り込んだ時は、すっかり日は落ちていた。

道東の玄関口、女満別空港から旅は始まる。どんな波と巡り合えるのか。胸の奥で、期待が高まっていく
サーフボードレーベル「HICA Surf Lab」を主宰するミマ氏のシェイプルームへ。
北海道の波と真摯に向き合いながら、一本一本を削り上げる。彼が手がけたログをお借りし、海へ向かった

Pickup

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