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東田トモヒロ 「風と波の歌」 〜 北海道編 「Sky Walker」後編 〜

東田トモヒロ 「風と波の歌」 〜 北海道編 「Sky Walker」後編  〜

“旅から受け取るメッセージは海であれ山であれ、
結局のところ同じ場所から届いているように思えてならない”

目覚めた朝、当麻の空は冷たく曇っていた。夜の間に、標高の高い道東や道央の山々には、少しだけ雪が積もったらしい。薪ストーブで温められた母屋でコーヒーとパンをご馳走になった後、ココペリに別れを告げて、僕らは何かに導かれるようにして、前十勝へと向かった。

「吹上温泉」とナビに入れてしまえば、バックカントリーのスタート地点に到着することになっている。はやる気持ちを抑えつつ、子どもみたいな男たちを乗せた3台の車は、南東へと連なって走った。

到着した広々とした駐車場は、主に登山客のために解放されている場所だった。駐車場といっても、料金を求められることもなければ、近くに洒落たカフェがあるわけでもない。しかし、僕にとっては、それこそが理想的なシチュエーションだった。ジョー・パスのソロギターのアルバムのように、いたってシンプルだ。最後の日だけは、名前もないような場所から、山に入っていきたかった。これで、「雪山におけるフリーサーフィン」の、必要十分条件は整えられた。

OKIさんはスキーヤーだ。ラスタカラーのファットスキーにシールを貼りながら、彼は言った。

「こうやって山を歩くのは、今日が初めてなんだよ」

「スプリットボードで山を歩くのは、僕もこれが2回目だよ」と、僕は答えた。

いつの間にか空には、時折金色に輝く太陽が顔を出すようになっていた。今回はたっぷりの雪には出逢えなかったけれど、空はいつも、僕らの味方をしてくれたみたいだ。風もほとんど止んでいるから、コンディションは上々だと言える。

駐車場のすぐ脇から始まる細い林道に入り、僕らは行儀よく、一列になって歩き始めた。多少のアップダウンのある雪道を30分ほど進んでいくと、不意に開けた場所に出た。ここから、いよいよ、のちに滑り降りるであろうオープンバーンを歩く。少しは雪が降ったはずだったけれど、思った以上に雪面が硬かった。山歩きにまだ不慣れな僕は、時々ずるりと板を横に滑らせてしまう。きつくなりつつある傾斜を登れずに、一人スタックしてしまった。そこで、あのクランポンを装着することにした。クランポンは、登山で言うところのアイゼンの役割を果たしてくれる道具だ。ギザギザの突起が、固く凍りついた斜面をがっちり捉えるから、平らな場所ではかえって歩きにくくなるけれど、急斜面での滑落の危険は回避できる。愛嬌のあるネーミングの割には、かなりいかつい仕事をこなすのだ。

こうして僕は、仲間たちを待たせ過ぎることなく、トレイルラインに復帰することができた。僕はこう思ったものだ。スプリットボードの一連の道具を買い揃えることになったら、まずクランポンから選ぼうと。

前十勝の中腹を目指して、カーディフのスプリットボードでハイクアップ。少しずつ青空が広がってきた

雲が流れ、やがて前十勝の山頂付近が抜けて見えてきた頃、振り返ると、歩いてきた斜面が独特の雰囲気を醸し出している気がついた。疎らに立ち枯れした無数の木々が、かつての噴火の激しさを無言のうちに物語っている。こうして遠くから眺めると、それらはまるで、手を合わせる者を失ってしまった墓標のように見えるのだった。一帯は、どこか荒涼とした寂しさが漂ってはいるけれど、見とれてしまうくらい不思議な美しさを持つ、大自然の芸術だった。

ザクザク、サクサク、スースーと、それぞれに音を立てては歩き、思い思いのタイミングで立ち止まっては、360°に展開されたパノラマに目を見張り、優しくそよぐ風に耳を澄ませた。OKIさんと僕は、誰に語るでもなく、「最高だね」を繰り返し呟いた。僕らは誰も、本当に最高の気分だった。

登り始めて1時間以上が経過した頃だろうか、右手の向かい側正面に、富良野岳の大きな沢が姿を現した。なんという雄大さと美しさだろう。あっけにとられているうちに、あたりは太陽の光に包まれ、青い空がさらにその沢の向こうで、大きく押し広げられていく。偉大としか言いようのない、地球の奥深さが、静かに、そして厳かに示されているかのようだ。その風景は、視覚を通して魂に何か大切なことを語りかけ、魂からさらに逆流して、瞼のフィルムに、色濃く転写されていった。

前十勝のピークはゴツゴツとしたな岩場なので、僕らのスタイルでは近づけないし、登ったところで、滑れる斜面もない。だから、ピークからそれた右岸、オープンバーンのデッドエンドに当たる平らな場所を目的地と定めて、ゆっくり、丁寧に、僕らはさらに歩を進めた。時々お互いに声をかけ、大丈夫かと励まし合いながら、トータルで3時間ほどのハイクアップ。長くはないかもしれないけれど、僕にとっては、決して短いものではなかった。それはまた、自分自身の深い場所と、膝を突き合わせ語り合う時間でもあったのだから。

登りきった僕はもう、少し前の自分ではなくなっていた。滑り降りる準備を終え、歩いてきたその斜面を眺めた時に、なんとなくそう感じたのだ。生まれる前から、自分の人生には、あらかじめセットされている峠のようなものがいくつもあって、この日、その一つを乗り越えたような、そんな感触を得た気がしていた。

スキーヤーでありミュージシャン、そして親友でもあるOkiさんと。僕は普段彼のことをOkiちゃんと呼ばせてもらっている。雪山のバディだ
滑走直前。滑り降りてからの合流地点を確認する

そして僕にはもう、歩いてきた斜面の中に、自分が滑るべきラインがはっきりと見えていた。ためらうことなく、ドロップインを試み、言葉にならないほど清々しい、思い描いたターンが果たせたとき、僕は感謝せずにはいられなかった。大自然に棲まう神々に。そして、それらから生まれ出ずる、すべてのものに。仲間に。人々の営みと、それらが作り出すもの、ひとつひとつに。自分自身の、有限な肉体に。そして、無限の宇宙に。

やがて仲間たちも、それぞれの滑りを、そしてターンを、思いのまま雪面に描いていった。同じ斜面だけれど、滑り降りるラインは、一人ひとり異なる。どのラインも素晴らしいから、どの人生も素晴らしい。どの人生も素晴らしいから、どのラインも美しいのだ。

硬い斜面の滑り出しから、少しだけ残されていたパウダーゾーンへ。最高にトリップ感を味わえる瞬間だ
イメージに限りなく近いレギュラーサイドのターンを描く。何時間もかけて登り、わずか数分間のライディングを楽しむ

雪山には、特有の波長というものがある。もちろん、海に見るような「波」があるわけではないのだけれど、僕らは、それぞれ心の内側にだけ現れる波をクルージングして、前十勝の山を後にした。静かな駐車場に戻り、道具を収め、近くにある吹上温泉の露天風呂に身体を浸した。

空はよく晴れていて、春の気配さえ感じられる陽射しに、雪は瑞々しく光り輝いている。今にも、鳥の囀る声が聴こえてきそうだった。北海道の奥地に、雪解けを告げる、少しだけ暖かい風が吹き抜けている。

吹上温泉の露天の湯にて。ライブツアーとハイクアップで疲れ切った体を浸す

山を降り切り、すっかりドライになった道を、Abechanのワゴンは再び網走へと走り出した。車窓では、遠く空の下、夕陽を浴びた十勝連峰の稜線が、少しだけ赤みを帯びている。

旅から受け取るメッセージは、いったいいつも、どこから来るのだろうか。それが海であれ、山であれ、結局のところ、同じ場所から届いているように思えてならない。その源流に向かって歩くことこそが、もしかしたら僕の人生の、本当の目的なのかもしれない。

十勝の山々を眺めて、今回の旅を振り返る。そして次なる旅への思いを馳せる

photo:Abechan
text:Tomohiro Higashida


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