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“同じ斜面だけれど、滑り降りるラインは、一人ひとり異なる。
どのラインも素晴らしいから、どの人生も素晴らしいのだ”
当麻の街は、過去に何度か通りかかったことはあるけれど、車からこうして降り立つのは初めてだった。ライブ会場の「ココペリ」は、インスタグラムからダイレクトメッセージを送ってくれたお店だった。
「いつか北海道を訪れた際には、うちの店でもライブをしてください」と。
僕はいつもこんな風に、どこからともなく送られてきた温かい言葉に誘われるまま、その旅を現実化する。楽器や音響機材、サーフボードなどを車に詰め込んで旅に出ては、目的地までひた走る。たどり着いたお店の、与えられた場所をステージにして、持ち込んだ道具と自作した歌を頼りに、完全自己完結型のライブを展開する。
そして自然と集まった人たちの前で、心の中から掴み取ったものを、歌と一緒にドバッと出し切る。その日の持てる力のすべてを振り絞るように。僕の旅は、いつもこうして紡がれてきたのだと思う。それは、どことなくサーフィンの作法と似ている。
森の中のお店、ピザハウスのココペリで、頻繁にライブ演奏がなされるようになったのには、それなりの理由があった。トンコリという、アイヌに伝わる民族楽器を演奏するミュージシャン、OKIさんがこの近所に住んでいたからだ。彼がここでライブをやるようになり、いつの間にか、彼と縁のあるミュージシャンたちが集まるようになったそうだ。
マスターのベースさんも、奥様のクミコさんも、奥行きのある優しさが全身から滲み出ているような人たちだった。人は、人に惹かれ集まるものだ。
僕のライブの日は、OKIさんにとってちょうどツアーから帰ってくる日だったが、彼は旭川空港から、その足で僕に会いに来てくれた。彼の地元である北海道でこうして会えるのは初めてだったので、それだけでもとても嬉しかった。


普段よりも、さらに輪をかけてリラックスした様子のOKIさんは、誰よりも僕のライブを楽しんでくれていたかもしれない。ライブの休憩時間、翌日の僕らの計画を、OKIさんはマニから聞かされていた。
彼は「俺も一緒に登りたいな」と、このツアー最後のバックカントリーへのエントリーの意思を表明してくれた。これは面白いことになったな、と思った。ライブでのちょっとした高揚感がそうさせたのか、その日のお客さんも数名、この話に乗ってきた。結局、翌日予定していた僕らのチームは7名に膨らんだ。
打ち上げの席で、僕は仲間たちに最終日のコースを、スキー場からエントリーする旭岳ではなく、登山ルートのみの山、前十勝に変更したいという説得を試みた。最後の日は、できればゴンドラやリフトに乗りたくなかったし、可能な限りスキー場とは無縁のエリアに行ってみたいと思ったのだ。それは、この時の僕にとって、どうしても守るべき約束事のように思えてならなかった。あるいは、誰かのことを思いやる気持ちを大切にしようとか、そんなとてもシンプルなマナーのような。言うまでもなく、仲間たちは皆、快く僕のこの勝手な申し出を承認してくれた。
当麻の静かな夜が更けていく。かつてベースさんは、森を切り拓き、その木を使って建物を建てた。だからココペリは、森の風景と一体となっている。木立ちそのもののように物静かに、ウォルナットカラーの建物が数棟佇んでいる。そのうちのひとつは上等なゲストハウスで、居心地の良さはこの旅の中でも格別だった。階段の下の小さなスペースにあるベッドをもらって、僕は深い森のような眠りについた。まるで、時間のない宇宙をどこまでも旅するような、そんな睡眠だった。

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