Tags
SITUATION
#03
職人とサーファー。お互いの理解
今回はグラスショップがここ数年で抱えるようになってきた具体的な実例をいくつか説明しながら、そういった状況が近い将来、私たちのようなサーファーを喜ばせる(専門性や知識、難易度の高いグラスワーク技術が求められる)サーフボードの製作環境に、どのような変化をもたらし得るかについて考えてみよう。
今、世の中のあらゆるマーケットにおいて、物は単なる商品としてではなく、今まで単に消費者と呼ばれた側の消費対象としてだけでなく、お互いの理解とサポートによるフェアな相互関係こそが、持続可能な必須条件のひとつとして広く共有されるようになっている。サーフィンとサーフボードについてはどうだろう。
* * *
前回(第2回)はサーフボード職人がどれだけの技術やノウハウを身につけているか、また求められているか、そして職人の急減少といったあたりをお話しした。
そこまででも説明したように、グラッシングにはいくつものプロセスがあるが、もともとそれぞれのプロセスには技術的専門性の高さが要求され、職人の減少度はプロセスによって状況が違う。また、ひとりの職人が専門あるいは得意な作業以外の工程もいくつかこなすといった例もあるし、ほぼすべてのプロセスにおいてトップレベルに達したマスタークラスの職人もいる。
グラスラミネートはなんといってもグラスワークの花形ポジションで、その職人はグラッサーあるいはラミネーターなどと呼ばれる。一方で、例えばサンディングマンやポリッシャーなど、はた目には少し地味なパートの技術的専門性の高い専門職人は特に減っているという現実がある。
以前も説明したが、1990年代あたりまでに存在した比較的大きい規模のファクトリーでは、ほぼ各プロセスに専門職人がいて、そのような時代には例えばサンディングやポリッシュなどの仕事を積んでから、ラミネートへと昇格するといったフロウも現場によっては見られた。そのような分業制が発達したグラスショップの仕組みの中で、プロセスによって一仕事あたりの報酬に違いがあったりもする。
どの作業にしてもグラスワークは体力を必要とし、力仕事的な面も大きいのだが、特にサンディングやポリッシュは作業の大半を重いマシンを操らなければならなくて、その一方でとても繊細な作業とマインドを要するパートでもある。
ここでひとつ脱線しておくのだけれど、ここで話している事柄は、どのパートがいちばん大事、といったことではない。むしろサーフボードはその製作にあたる人手の多い少ないによらず、サーフボードが仕上がるまでの過程のどこかで起きたネガティブなポイントを修正するというのはなかなか困難だ。出来上がった板に求められる完成度の評価軸にもよるが、基本的にはちょっとした不始末でも直らないケースがある。
シェイパーの手で削り出す板は、大小微小も含めて乱れや荒れが起こることがある。その姿・カタチの基礎が粗末なものほど、工程が先に進むにつれて問題が重なって多くなる。ただし、シェイパーからフィニッシャーまでのレベルとリレーションが優秀であればサポートとリカバーはできる。グラスワーク職人が高いレベルであれば、そのプロセスのどこかで、ある程度の修正を成功させて製品と言えるものにたどり着くことは可能だ。そういうレベルのシェイプであれば、優秀なグラス職人がデザイン・シェイプを助けているといっても過言ではない。
さて話を戻すと、そのような事情からグラスショップではラミネーターがグラスワークのリーダー的存在であることが多い。そして’90年代以降、日本の比較的規模の大きいグラスショップ形態の減少にともなって、まずはラミネーター以外の職人が減り始めた。これは初回で説明したように数十年にわたって報酬が横ばいのままであることが大きな理由として、だからこそ熟練した職人ほど年齢が高くなる過程で職種を変えたりなど、当然の成り行きなのである。
では、そのような事情が近い将来に何につながるのかを考えてみよう。それはいきなりサーフボードが製作できなくなるといった短絡ではなく、例えばこのようなことが想像できる。
あるグラスショップでピースワークしていたポリッシャーが廃業したり、例えば体力的な事情などで仕事量を大きく減らすことになったとしよう。すると、そのグラスショップではポリッシュのリクエストをこなすにはとても時間がかかる、あるいはそのリクエストがファクトリーの製作フロウに大きく響くという事になれば、ポリッシュのオーダー自体を断らざるをえないかもしれない。
みなさんも馴染みのショップでの会話においてサーフボードのクオリティや特徴などについて、いろいろなワードを耳にするはず。ここで話したグラスショップで起きている様々な事態は、それらの板のクオリティや特徴をひとつずつ消してくことになる。
もうひとつ説明したいサイドストーリーは、現在の(一般的な解釈・意味での)ショートボードのシーンとマーケット。みなさんの中にもそういうカテゴリーにも関心や接点を持っているサーファーがいるはず。そもそも同じサーフボードじゃないかと考えられても当然なのだが、連載の初回でお断りしたように、ここではあえて区別した理由に至る(この連載の話はトラディショナルなログやオルタナティブという括りで捉えられているサーフボードに特化している)。
いささか乱暴かもしれないが、サーフィンがオリンピックに取り入れられる今の時代(賛否やら好き嫌いやらがあるが)には、サーフィンはスポーツ、サーファーはアスリートと呼ばれ、ショートボード製作の手法やマテリアルはスポーツの道具として、またマーケティングもそのような物としてフィットする指向が加速している。だからそういった道具として発達する未来では、サーフボードの歴史や製作方法に潜むさまざまな要素や過程は、せいぜいアーカイブされていれば事足りる。
例えばテニスを楽しむほとんどの人々は、その歴史上に存在したクラシックなラケットではプレイしないし、それらのデザインや作りを楽しもうとする状況は想像しにくい。ランナーも最新のシューズしか選択肢を求めないのが普通だろう。良し悪しを断ずるのではなく、そういったスポーツ用品としてのサーフボードは、道具としての発達要求をコスト効率と両立することが命題。
ところが、この連載で対象にしている私たちのサーフボードは少し、いや、だいぶ違う。これまで説明してきたような手の込んだ板を作り続けるのは、もはや簡単ではないと想像してみて欲しい。今、コロナ禍や戦争の影響などで世界中であらゆるもののコストが上昇して、それは当然サーフボードにも及んでいる。しかしそれでもまだ、本当にクオリティの高い、そして洒落た板を作る人々の才能と知られざるハードワークは十分に報われているとは言えないのが事実だ。
だからこそ今、本当のクリエーターが誰で、その板がどれであるのかを見極めることを、求める側が試される時なのかもしれない。
■
第4回へつづく
text◎Chan Mitsui
illust◎Hirockshow
本記事はBlue.99号から抜粋したものです。
横山泰介さんの公式ウェブサイト「TAI’S EYE」が7/15にローンチ
Jul 11, 2025
Patagonia「受け継がれるクラフトマンシップ」 トークセッション
Jun 30, 2025
7月5日「BEACHNIC」開催
Jun 20, 2025
Copyright c BLUE.ALL RIGHT RESERVED.