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─ CHRIS MIYASHIRO ─
つねに自然に抱かれている印象がある。
ハワイの海や大地の申し子のようなクリス・ミヤシロ。
サーフィンやセーリングから得た創造性を
多岐にわたり発揮する。
まるで自らを媒介として、見る者に
自然や地球や宇宙の真理を伝えているかのようだ。

「南カリフォルニアを出発してから22日ぶりに目にした陸地はハワイ諸島だった。マウナケアとハレアカラの頂きを覆う雲が、まるで先祖からの贈りものを包む古代のカパ(樹皮から作った布)のように見えた。故郷に向かう長い航路にはさまざまな物語があった。翌朝、目にしたのは海からそびえ立つオアフ島のコオラウ山脈。僕たちはオハナの温かい抱擁と感動的な歓迎を受け、島の大地の香りを感じながら、想像をはるかに超える達成感に満たされた」
これはアーティストのクリス・ミヤシロが、ガールフレンドらとともに南カリフォルニアからオアフ島まで太平洋を横断する冒険を終えた直後に吐露した感情だ。
クリスたちが航海した船はダブル・ハル・ヴォエッジング・カヌー(双胴船体航海カヌー)。長さ26フィート、幅16フィート、かなり小さいが海を渡るようにデザインされたもので、かつて古代のポリネシア人がハワイ諸島を発見した当時に乗っていた船体と構造は同じだ。天体や風や波を読みながら自然から得られる情報のみを頼るポリネシアの伝統航海術で航海し、先住民の伝統文化の価値に光を当てた「ホクレア号」のプロジェクト以来、ハワイアンが自らのルーツに誇りを持つようになって約半世紀。その歴史には航海中に命を落とした伝説のウォーターマン、エディ・アイカウの名も刻まれている。ハワイの人びとのアイデンティティの象徴でもあるホクレアは、クリスのような若い世代にも大きな影響を与えていた。

「ホクレアのことは漠然としか知らなかった。でも10年くらい前、航海を終えてオアフに帰港したホクレアをアラモアナに見に行ったとき、なぜだかわからないけど涙が止まらなくなった。その姿がとても美しく見えたからだと思う」
その後ホクレアの関係者から誘われ、ドックで船体の洗浄を手伝ううちに、島間の航海に何度か参加させてもらう機会を得た。そこからクリスはすっかりカヌーにハマり、伝統航海術について学び、今回の航海に挑戦したのだった。
オアフ島生まれのクリスは、歩く前から父親といっしょにサーフィンし、海が日常だった。10歳のころから熱中したスケートボーディングにより、彼はスタイルと個性を身につけた。そのスケートで培ったセンスを波の上に持ち込むと、コンペ志向の同世代とは明らかに一線を画す独自のサーフスタイルを確立する。いつしか彼はフリーサーファー、ソウルサーファーと目される存在になっていく。乗るボードもアライアをはじめ、ユニークなものばかりだ。

「父は僕にレールの使い方を学べるからと1本のフォームをくれた。フィンがないソフトトップみたいな四角いやつ。それが僕の人生を変えたんだ。フィンがなくてもターンできたし、すごく楽しかった。初めてシェイプしたのはアライア。波に乗る概念はアライアによってすっかり変わってしまった。通常のサーフボードでのサーフィンが波の上にいるのに対し、アライアはボディサーフィンの感覚に近く、つねに足は海の中にある。ウッドと深く関わり、海とも深く関われる。大地と海との繋がりを感じるんだ。板が割れても接着し直せばまた使えるから持続可能。何よりすごく楽しい。神聖な文化としてミュージアムに飾るだけじゃなくて、日々の生活で楽しめるものなんだ。だからもっとみんな原点回帰してアライアに乗ればいいのにって思う」
クリスのアライア愛と乗り手としての造詣はとても深い。他にフォームのボードも自作しているが、どれも5フィートほどで分厚いものばかり。そしてそれらのボードには何かしらアートのようなものが施してある。そう、彼はアーティストなのだ。



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